子ども会の歴史

一般社団法人兵庫県子ども会連合会の年表

年月日 出来事 備考
昭和26年 5月 児童福祉月間実施
児童福祉月間実施

     28年 5月
            7月
         11月
県下子どもクラブ指導者会議開催
県下子どもクラブ指導者講習会開催
県社協地域部会に子ども会分科会設置
(実質県子連の発足の時)
県社協
県社協
県社協
  30年 5月 子ども会数   1,262
会員数   101,482名
指導者     4,450名
子供会結成に向けて促進会議
巡回子ども会
県社協
県社協
  31年 5月 兵庫県子供会連絡協議会発足総会
県下紙芝居コンクール
  32年 4月
          5月
         10月
子供会の歌募集
県下子ども大会
子供会事例発表研究会
  33年 3月
          6月
全国地域子ども会連絡会議
兵庫県青少年愛護条例施行
  35年 7月 県モデルキャンプ大会
  36年 2月 子ども会運営研究会
  38年 10月 子ども会実態調査
  40年 4月 兵庫県子ども会連絡協議会再発足
子ども会キャンプ大会
  41年 1月
          2月
          4月
          5月
         10月
子どもの広場づくり懇談会
子ども会交換大会
兵庫県民生部青少年対策室設置
青少年団体代表者会議
青少年育成兵庫県民会議


  42年 4月
          5月
児童を事故から守る運動
兵庫県レクリエーション研究協議会
  43年 4月 兵庫県青少年局設置
  44年 1月 兵庫県子ども会育成会議
(現在も実施の育成大会へ)
  45年 4月 子ども会共済制度発足
(子ども会活動中の事故に対する見舞金制度。全国に先駆け兵庫県でスタート。当時の知事よりバックアップの確証を得る。現在の安全共済会)
  53年 3月

          4月
          5月
         10月

海外交流少年の翼(グアム)
(子ども会で始めて子どもの海外交流事業少年の翼を実施。最初の5年間はグアム島で海洋学習事業として取り組み、以後はシンガポールで平成19年まで実施した。平成9年よりシンガポール小学校の受け入れを行っている)
スポーツ文化研究委員会
子どもの意識アンケート調査
第1回少年少女将棋大会
  54年 2月 全国子ども会中央会議(洲本市)
  55年 1月 あなたにも出来るこども文庫発行
  57年 1月 モデル地区レポートと対話活動のまとめ発行
児童環境実態調査
  58年 11月 30周年記念大会
30年史の発行
(30周年記念事業として県下7ブロックにおいてタイムカプセルを作成埋蔵した。
また、子どもの手づくり村子ども自然村建設に向けて調査活動を行った。)
  59年 3月



          4月
子ども国際平和会議
子ども会とハイキング発行
話し合い活動の進め発行
広報活動の手引き発行
子ども自然村第1回ワークキャンプ
(子ども自然村は子どもたちの主体性を生かした活動を展開するには独自の施設が必要だということで30年計画で取り組んだ事業である。土地の無償提供者の募集から始まり、リーダーや指導者の手づくりでスタートした。ニッセイ財団や県の支援、地元但東町の理解と支援の下、ログハウスの建設やドラム缶風呂の設置など現在も建設に取り組んでいる。ここで活動するグループをフロンテイアと呼び、フロンティア会を組織して活動している。)
  60年 6月 育成会ノート発行
(単位子ども会に1部づつ配布。子ども会育成者が活動を進めるのに役立つ内容で編集し、毎年3回発行し、現在は71号になっている)
  61年 3月
          5月
          8月
あそびの手引き草発行
子ども環境実態調査
県下子ども会事務担当者会議及び研修
社団法人兵庫県子ども会連合会設立総会
(念願であった法人化に取り組み、基本財産5千万で設立に向けての準備を年度当初より行い、10月1日発足に至った)
平成 元年 3月
           4月




子どもと遊び発行
子ども自然村冒険隊事業
(子どもの目線に立った事業に取り組む募集事業である。約50名のリーダーが企画運営を行い、1年を通じての事業を行う。恒例事業は5月の田植えキャンプと9月の稲刈りキャンプ、それ以外は隊員(子ども)
の意見を参考に、放浪の旅キャンプや建物に絵を描く、和菓子を作ろう、社長になろう、仕事体験(トライヤルウイークより以前)、雪山キャンプ、無人とですごそう等プログラム開発のパイオニア的事業を展開している。)
文部省からの助成で「町はぼくらの冒険教室」を実施。
西宮市において30年前の姿を聞き取り調査をしたり、川や海の今の姿の調査を行った。淡路一宮町では線香工場の見学で地場産業を調査し、郷土研究科による話の聞き取りなどを行った。)
   3年 3月 育成会は仲間づくりから発行
   4年 3月 遊びたい発行
   5年 5月

        11月

地球に子どもたちの明るい笑顔を
(5月5日のおやつ代を募金して世界の子どもたちの災害支援や就学支援、医療支援などを行う)
40周年記念大会
子ども会の歌募集
紙芝居コンクール実施
シンガポール青年の受け入れ
記念誌「遊びを子どもたちに」発行
(この記念誌には10年の歴史と兵庫県に関係する「食べ物歳時記」と「遊び歳時記」を調査し、掲載した。)
   6年 3月

子ども会議の報告
(40周年を記念してテーマ設定から内容まで子どもが取り組む子ども会議を実施。「未来の地球や人間がどうあるべきか考えてみよう(環境面から未来都市を考える)」、「ゆとりある生活を目指して」、「友達とは何だろう」の3つをテーマに取り組んだ。
報告会の子ども宣言では「ゆとりある都市環境を創造し、世界的な規模で考え、行動できる人間になろう」、「学校5日制を拡大し、ゆとりの中で自己を主張しよう」、「もっと自然や人と知り合える本物のゆとりを」、「友達は、世界という広い視野の中で作っていかなければならない。私たちに真のゆとりを、21世紀の主役は私たち」以上を行った。)
子ども自然村建設開始10周年
(子ども自然村建設開始10周年を記念し但東町の人々と共に、今までの振り返りと今後の自然村についてシンポジュームを行った。)
   7年 1月











         3月

阪神・淡路大震災
全国の子ども会より138,095,297円の義捐金が寄せられた
被災地子ども会の運営費 107,040,183
見舞金          3,164,348
事業費          25,327,826
管理費          2,562,940
被災地での取組
・おもちゃステーション
(避難所へおもちゃを届ける事業を実施。全国からの送付件4,200件、数入荷量170トン、配布先320ケ所、ボランティア4,000名)
※40年史P43
・ふるさとホームステイの実施
(被災地の子どもたちを迎えに来てもらい、ゆったりと入浴したり、遊びのプログラムを提供してもらう。16回実施)
※40年史P50
・わいわい遊びんパーク
子ども自然村歳時記発行
   8年 8月 環境学習事業「南の島から見えてくる~環境体験から始まる環境学習~」(17年度まで実施)
   9年 3月
         7月
子どもと一緒にエコプログラム発行
過疎地の子ども会事業「ブナッコクラブ」支援
(過疎化が進む但東町において全町の子どもを対象にブナッコクラブを結成いて、募集を行った。年間を通じてプログラムを展開。県子連とフロンティア会が企画及び指導の支援を行う。)
  11年 1月


          3月


          5月
          6月


          8月
最後の集団指導者研修会
(昭和31年にスタートした研修会を50回を迎えた10年度で終了した。市町での研修会の開催と指導者のニーズの変化による)
子ども会の森事業
(震災から4年たち、45周年記念と合わせて丹波の森公苑に子ども会の森づくりを行った。植樹数 クヌギ500本)
子ども自然村でトライやるウイークの受け入れ
お米サミット
(県から委託を受けお米作りに取り組め、その体験を話し合う。3年間実施)
全国子ども会リーダートレーニングキャンプ
(全国からジュニアリーダーが子ども自然村に集まり、2週間のトレーニングキャンプを実施。但東町平田の人々との交流(ホストバス、盆踊りなど)や自然村施設づくり、但東町を歩くなどのプログラムを行った。7回開催)
  12年 3月

過疎地の子ども会報告書の発行
※40年史P52
  14年 3月
          6月
地域の名人報告書の発行
※40年史P62
第2次中期計画
※40年史P19
  14年 4月



          5月



          9月


         10月
原爆ドームに折り鶴を
(平和を願い、子ども会会員1人が1羽づつ鶴を折りそれを子ども会の代表が広島に行き、原爆記念公園に捧げ、その後、語り部の話を聞き、広島市の子ども会会員と1泊で平和会議を実施。
集まった折り鶴 240,000羽。)
兵庫県を踏破
(各市町の単位子ども会がリレー方式で全県を歩く事業。市町合併の前に郷土をしっかり歩いて知ろうという目的で実施。県内一部を除いてほぼ踏破。2月に各地域から子どもが集まり、報告会を行う。)
50周年記念大会
50年史の発行
(40年から50年に至る取り組みと、兵庫にまつわるわらべ唄の収集を行い、記念しにまとめた)
その他50周年事業として
お祭り応援団(子どもが少なくなってお祭りができなくなった地域に子どもを派遣して、お祭りを復活する)
クワガタムシ発見隊
  16年 5月

体験ファ―ム
(県より受託事業として農林水産事業を体験する事業として実施)
  18年 2月
          6月
全国子ども会育成中央会議(宝塚市)
地域で子育て事業
  19年 3月
          6月
地域で子育てスクラム事業報告書発行
県下4地区でまちづくり子ども会議開催
  21年 3月
          5月
まちづくり子ども会議報告書発行
原爆ドームに折り鶴を
(50周年で実施したこの事業を5年後に行うことを約束。本年8月に子ども会代表32名の子どもが広島に行き、折り鶴を捧げるとともに、平和学習を行う)
  23年 1月
          3月
          6月
         12月
発達障害のある青少年に対する指導者養成講座
東日本大震災救援募金
地域内異文化交流事業
近畿地区育成研究協議会開催(淡路市)
23年度末の子ども会
会員 147,039
ジュニアリーダー 807
指導者 58,943
単位子ども会 4,156

一般社団法人兵庫県子ども会連合会の略歴

昭和28年11月に兵庫県社会福祉協議会の中に子ども分科会が設置され県子ども会が実質的な歩みを始めた。
昭和30年には1,262の子ども会、101,482名の会員、4,450名の指導者を数えるに至った。この年、さらに子ども会の結成を目指し、促進会議の発足と巡回子ども会に取り組んだ。
  昭和31年5月兵庫県子供会連絡協議会設立総会を行い、本格的な歩みを始めた。
  昭和42年児童を事故から守る運動を展開した。
  昭和45年子ども会活動中の事故による災害からお互いに助け合う子ども会共済事業を全国に先駆けスタートした。
昭和53年青年の国際交流事業は展開されていたが、子どもを対象にした事業が民間団体の取り組みとしては少ない中、子どもの海外体験交流事業として「少年の翼」に取り組み、グアム島での海洋教室として実施した。この事業は6年目より交流先をシンガポールに変更し、アドベンチャースクールとして30回まで実施した。この事業の参加者から後の自然村づくりや冒険隊を指導する多くのリーダーが誕生した。また、シンガポールの青年や小学生が兵庫県にやってきて交流する事業にも発展している。
  昭和58年30周年を迎えた県子連は、いくつかの事業を記念事業からスタートした。その一つが「子ども自然村」づくり事業である。30年後の完成を目指し、30年計画で取り組む事業だ。まずは無償での土地の提供者を募ることからスタート。雲をもつかむ思いで取り組んだ事業だが、10か所の提供の申し出があり、調査の結果当時の出石郡但東町(現在の豊岡市)に決定した。年月をかけて手づくりで取り組み、子どもの主体的な活動を促進する場として全国より注目を集め、全国からジュニアリーダーが集まる2週間のトレーニングキャンプも実施した。(7年間実施)
  また、50周年で掘り出すタイムカプセルも各ブロック子連で行った。
  平成元年子ども自然村冒険隊事業に取り組み、多くの子どもたちが直接体験を積み重ね大人へと巣立っていった。この冒険隊は、子どもの目線に立って活動を展開することをねらいとした事業で、米作り、無人島生活、雪中キャンプ、職業体験、名人に挑戦、建物に絵を描こう、野宿キャンプ、名産品や絶景を探そうなど様々なメニューを行って来ており、子ども会への活動メニューの提供にもつながっている。
  平成5年40周年を迎えた。この年には子ども会の新しい歌の募集や紙芝居コンクールなどを行ったが、この年より取り組み始めたのが「地球に子どもたちの明るい笑顔を」事業で、物質的に恵まれている兵庫の子どもが、5月5日のおやつ代を募金し、病気にかかった子どもや、食べるものや飲める水のない子どもにユニセフ等を通じて支援しようとする取り組みで、今も行っている。
また、40年史を編纂し、この機会に節句や年中行事にまつわる兵庫の食についてまとめた「食べ物歳時記」と兵庫に伝わる遊びをまとめた「遊び歳時記」を記念誌に盛り込み、この二つの歳時記は関係者から評価を得た。
  平成7年阪神淡路大震災では、全国の子ども会関係者より多くの義捐金が寄せられ、お見舞いや子ども会の復興に活用した。
  また、県子蓮としては子どもたちに視点を当て、「ふるさとホームステイ」と「おもちゃステーション」を行った。「ふるさとホームステイ」は災害を受けなかった県下の市町連合組織に呼びかけ、被災地の子どもたちを2日でも3日でも、ゆったりとした中で過ごすため、申し出のあった子ども会から送迎用の車を出し、滞在も家庭や施設を提供してもらう事業で、16か所で行った。「おもちゃステーション」は朝日の基地と協働で行い、被災を受けた子どもにおもちゃを届ける事業だ。朝日新聞で呼びかけを行い、提供を受けた職員の家を拠点として展開した。集まったおもちゃは4,200件、170トン、配布先は延べ320か所、このステーションで活動したボランティアは延べ約4,000名。1月中旬から取り組み、3月中旬にステーションを閉めた。
  平成11年に45周年と震災4年を記念し、丹波の森公苑に子ども会の森をつくるため、植樹を行った。水の災害から守るためと子どもの好きなカブトムシなどが好むクヌギを500本植え、将来よい森に成長するよう願った。
  平成15年、50周年を迎えたこの年は、2回目の全国大会の開催や市町の平成の大合併でふるさとの市町名がなくなる子どもたちも出てくるので、しっかりと地元を歩こうと「兵庫県を踏破」事業を全県下で行い、子ども会から子ども会へたすきをリレーしながら各ブロックごとに行い、最後に代表の子どもたちが集い、大きな白地図に歩いた道をつないでいった。
  また、戦争を知らない世代が増えていく中、戦争の恐ろしさを知るとともに、原爆の恐ろしさも学習する「原爆ドームに折り鶴を」事業を展開した。この事業は子ども会会員。育成者、指導者が一羽づつ折り鶴を折り、その中に原爆で亡くなった人々への哀悼の言葉や平和への願いを込めた思いやメッセージを込めて、皆が折った鶴を束ね、各地区の代表の子どもが広島へ届けるものだ。全部で240,000羽の折り鶴が寄せられ、平和公園に捧げた。また、広島市子連の子どもたちと平和学習を行った。
  50年史には兵庫に伝わるわらべうたを集録し、関心を集めた。
  21年度は5年後の実施を約束した「原爆ドームに折り鶴を」事業を行います。今、県下の子ど会会員や関係者が折り鶴を折っています。8月18日から2泊3日で子ども会の代表の子どもたち32名が広島に行き、折り鶴を捧げると共に広島の子どもたちと平和学習を行いました。
  22年度は発達障害について指導者が学ぶ講座を行いました。また、阪神淡路大震災の時に子どもだった青年から当時の経験に基づいた今の子どもたちに伝えたいことをまとめました。23年3月11日には東日本大震災が起こり、募金を始めました。
  23年度は24年度から一般社団法人に移行するための検討後手続きを行いました。また、見舞気についても新たな取り組みを決定しました。地域内での異文化交流に向けて研修会と調査を行いました。第3期中期計画の策定を行いました。

▲このページの先頭へ